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NO.10394768

コミンテルン

0 名前:ゾルゲ:2008/11/28 11:35
コミンテルン = 共産主義の国際組織

共産主義インターナショナル、第三インターナショナル、国際共産党。
「共産主義のインターナショナル」という意味。

■概要
第二インターナショナルは、第一次世界大戦の際、加盟する社会民主主義政党がそれぞれ自国
の戦争を支持したために瓦解した。これに反対する諸派がスイスのツィンメルワルトで開いた国際
会議がコミンテルンの源流。十月革命後の1919年3月、ボリシェヴィキの呼びかけに応じてモスク
ワに21カ国の代表が集まり、第一回大会を開いた。

当初は世界革命の実現を目指し、ボリシェヴィキが各国の革命運動を支援するための枠組として
機能した。また、1920年のインドネシア共産党、1921年の中国共産党結成とも結びつき、中国国民
党との国共合作にも尽力した。しかしレーニン死後にスターリンが一国社会主義論を打ち出したこと
で役割が変わり、各国の共産党がソ連の外交政策を擁護するのが中心になっていった。1920年代
中頃には中国で国民党政権と協調し、共産党が弾圧されても黙認した。1928年夏のコミンテルン第
六回大会ではファシズムと社会民主主義のつながりが強調され「社会ファシズム論」が台頭したが、
1930年代前半よりドイツで台頭するナチスに対し、社会ファシズム論に基づいてドイツ社会民主党と
の対立にあけくれたことは、ナチスの権力獲得を許す一因となった。1935年には、コミンテルン第七
回大会で方針転換をはかり、人民戦線の戦術を提唱し、スペインやフランスで人民戦線政府が誕生
したが、スペインはフランコによる反乱からの内戦で壊滅した。また、独ソ不可侵条約の成立と、第
二次世界大戦初期のポーランド分割の結果、人民戦線戦術は放棄された。

第二次世界大戦の勃発に伴って名実ともに存在意義を失い、1943年5月に解散した。

大東亜維新史観 概説
http://www.nicovideo.jp/watch/sm5193993
http://jp.youtube.com/watch?v=EC2rwzYh890
1 名前:尾崎秀実:2008/11/28 11:36
大東亜戦争とスターリンの謀略―戦争と共産主義 三田村 武夫【著】
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4915237028.html

私が政治運動に身を投じてからの最大の関心事は、激変する国際情報と第二次世界戦の
嵐の中で、モスクワを本拠とする共産主議運動が、いかなる戦略戦術を展開して行くか、
更に軍閥の独善的戦争推進の背後にあつて、世界革命への謀略コースをいかにして押し
進めて行くかを怠りなく注視し研究することであつた。
そして、その間に、私が体験し、調査し、研究して得た結論が本書の内容である。


序説 コムミニストの立場から

第1篇 第二次世界大戦より世界共産主義革命への構想とその謀略コースについて
第2篇 軍閥政治を出現せしめた歴史的条件とその思想系列について
第3篇 日華事変を太平洋戦争に追込み、日本を敗戦自滅に導いた共産主議者の秘密謀略活動について

資料篇(「コミンテルン秘密機関」―尾崎秀実手記抜萃;日華事変を長期戦に、そして太平洋
戦争へと理論的に追ひ込んで来た論文及主張;企画院事件の記録;対満政治機構改革問題に関する資料)
2 名前:朝日新聞:2008/11/28 22:52
■共産主義革命の為に日本を戦争へ引きずり込んだ左翼メディア・スパイ活動
ソ連・スターリン → コミンテルン(各国の共産党) → ゾルゲ・朝日新聞・尾崎秀實 → 敗戦革命

共産主義シンパの近衛文麿首相のブレーンとなり、日本を戦争へ導く工作を行った。
彼のねらいは、日本を共産主義国にすべく、レーニンの言う「敗戦革命」を起こすことにあった。
朝日新聞からは尾崎のほか、佐々弘雄、笠信太郎なども近衛に近づき、影響を与えた。
ちなみに同じく近衛のブレーンだった西園寺公一(きんかず・西園寺公望の孫)は
戦後、日本共産党に入党したが、除名され、家族と共に中国に行き、中国共産党の党員となった。
1950年、GHQのレッドパージにより、朝日社内から約二百人もの共産分子が追放された。
現在、朝日新聞社は社会主義国家建設にむけて、今度は中国共産党と手を組み、工作を続けている。

大東亜戦争とスターリンの謀略―戦争と共産主義   三田村 武夫【著】
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4915237028.html

第3篇 日華事変を太平洋戦争に追込み、日本を敗戦自滅に導いた
    共産主義者の秘密謀略活動について

参考:近衛上奏文(朝日新聞らが作った”空気”が戦争へ誘導した)
    「KY」(空気が読めない)→空気を読め、は危険なサインである。
3 名前:日本共産党:2008/11/28 22:53
第二次世界大戦と日独伊三国同盟―海軍とコミンテルンの視点から
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4764603209.html

わが国における日独関係史の研究は、日独防共協定や日独伊三国同盟の締結などに関しての
優れた研究は多いが、外交史などに限られ日独両国の戦争指導や同盟作戦の問題点などに関
する研究は殆どない。
この空白を埋めるのが本書である。
また、日独間だけでなく、日独両国の動きに対する米英ソ中などの動向―日米関係から日中、日
ソ、日英関係など多国間関係を複眼的に分析した。

さらに、第二次世界大戦への道程と、敗戦後の日本の現状をコミンテルンの視点で分析。
コミンテルンを加味した歴史が新しい視点を提供するであろう。
また、戦前の日本の対外政策は陸軍主導ではあったが、常に陸・海・外の三省が調整して国策を決めていた。
時には松岡洋右や白鳥敏夫などに代表される革新官僚が大きな影響を与えた。
これら革新官僚による戦後の外務省史観形成に対する責任の追求は隠蔽・改竄されている。
タブー視されてきた外務省の戦争責任や東京裁判史観への責任をも明らかにした。

三国同盟の締結と日本海軍
独ソ開戦と日独ソ関係
・・・・
コミンテルンから見た第二次世界大戦
海軍・外務省の戦争責任と東京裁判史観
4 名前:昭和会、朝食会:2008/11/29 08:45
第二次世界大戦と日独伊三国同盟―海軍とコミンテルンの視点から
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4764603209.html

第十一章 コミンテルンから見た第二次世界大戦
 一 近衛文麿と革新官僚と陸軍統制派
 二 反コミンテルンがもたらした日独接近
 三 コミンテルンと日中十五年戦争
 四 コミンテルンから見た米国
 五 コミンテルンに二度敗北した日本
 六 太平洋戦争の人種的視点-日独の比較

コミンテルン(ソ連・スターリン)の影響
 『大東亜戦争とスターリンの謀略』(三田村武夫)などがコミンテルン史観を紹介した代表的な
著作であろうか。本書でも頻繁に引用が見られる。また、「近衛上奏文」にも敗戦革命に関連した
記述が見られるが、本書では1943年4月に衆議院議員の三田村武生氏が荻外荘を訪れ、「こ
の戦争は必ず敗ける。そして敗戦の次に来るものは共産主義革命だ。日本をこんな状態に追い
込んできた侯爵の責任は重大だ!」と言い、これに対して近衛公が”なにもかも自分が考えてい
たことと逆な結果になってしまった。ことここに至って静かに考えてみると、何者か眼に見えない
力に操られていたような気がする”と語ったとあり、その一年半後にこの上奏文が提出されたという。
 本書ではこの”何者か”を「近衛の政策集団の昭和会や朝食会のメンバー」とし、”目に見えない
力”を「共産主義者(或いはシンパ)を通じたコミンテルンの影響力」だったと喝破している。
 そして”国体の衣をまとった共産主義者”である昭和会や朝食会のメンバーが革新的国策を案出し、
大政翼賛会=一党独裁の近衛新体制をや国家総力戦体制の確立に大きな働きをした、としている。
5 名前:太平洋問題調査会(IPR):2008/11/29 08:46
第二次世界大戦と日独伊三国同盟―海軍とコミンテルンの視点から
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4764603209.html

 また、近衛文麿は上奏文にてコミンテルンの策謀を指摘していたため、ソ連のスパイであった
GHQ情報部調査課長、ハーバート・ノーマン(『外交官E.H.ノーマン』)により作成された「戦争責任
に関する覚書 近衛文麿」によって自殺に追い込まれているという。彼はコミンテルンと関係が深い
太平洋問題調査会(IPR)のカナダ代表でもあったという。

革新官僚: 稲葉秀三(のちサンケイ新聞社長)、勝間田清一(のち社会党委員長)、
        和田耕作(のち民主党代議士会長)
革新外務官僚(近衛外交を推進): 松岡洋右、白鳥敏夫(革新派の政治家や財界人が支援)
朝食会: 尾崎秀実、西園寺公一、犬養健
高度国防国家推進
 陸軍統制派: 東条英機、永田鉄山、武藤章、池田純久

ソ連、スターリン、コミンテルン、スパイ・ゾルゲ → 尾崎秀実(日本、アジアの赤化を図ったスパイ)
北一輝『日本改造法案大綱』(日本を共産主義独裁体制にすることを企図した)
 →五.一五事件、二.二六事件
  2.26で暗殺された山本英輔海軍大将が死の二ヶ月前に送付した手紙が本書で紹介されており、
結局の所、皇道派の陸軍将校の過激派が目指しているものは、終局の目的は社会主義であると指摘
していたとある。
6 名前:VENONA:2008/11/29 10:30
第二次世界大戦と日独伊三国同盟―海軍とコミンテルンの視点から
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4764603209.html

 コミンテルンの実施した反日プロパガンダの一例として、偽書である「田中上奏文」があり、
これが日本の侵略の意志であるとして利用されてきたらしい。これは中国共産党が全世界に
喧伝した捏造であるが、今なお騙されている人々が全世界にいるのが実情である。

 本書では『Venona』(本書中では一貫してVenoa、ベノアと表記されているが誤りである)によ
って明らかにされたコミンテルンの米国浸透にも言及があり、ルーズヴェルト大統領自身が容
共的であった所へ、大統領周囲には約200人もの共産主義者やそのシンパが採用されていた
という。

 側近No.2のハリー・L・ホプキンズ → GPUの全米責任者、イサク・アフメーロフに情報提供
   モスクワでは「役に立つ間抜け」と言われていたという。
 国務省のアルジャー・ヒス → ヤルタ協定原案作成、ソ連暗号名「アリス」
   ルーズヴェルト大統領、トルーマン大統領の情報をソ連へ提供。ヤルタ会談時にソ連から叙勲
 財務省のハリー・ホワイト
 大統領補佐官のロークリン・カリー

など。
7 名前:砕氷船理論:2008/11/29 12:04
第二次世界大戦と日独伊三国同盟―海軍とコミンテルンの視点から
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4764603209.html

日独伊三国同盟締結から敗戦に至る歴史を明らかにする
第二次世界大戦中の日独戦争指導の実相
コミンテルンの視点から見た第二次世界大戦史
日独伊を囲む米英中ソなどのグローバルな史観
軍部をスケープゴートとしてきた東京裁判史観に一石を投じる書


 日米開戦は、トロツキーのクルミ割り器理論通りに遂行されたものでは無かったか、と指摘
している。だが、それは日独を米英に噛み付かせる”砕氷船理論”でもあり、終局的な目標は
ソ連共産主義による世界覇権であった。

 ルーズヴェルト大統領が大戦末期に死去したため、その周囲の”ピンコ(共産主義のシンパ)”
らが職を失い、占領軍司令部(GHQ)の民政局員として多数来日し、民主化という美名の下に
社会主義国家日本を作ろうと暗躍した事も指摘している。そして日本の精神的解体を画策して
いったとしている。

 本書は『大本営陸軍部戦争指導班 機密戦争日誌』からの引用が多く見られる。この機密日誌
は大本営全体の意志を記したものでは無いにせよ、統帥部=大本営の戦局ごとの機微を伝える
重要な史料であることがここでも確認できる。

大本営陸軍部戦争指導班 機密戦争日誌  ―防衛研究所図書館所蔵
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4764603101.html
8 名前:革新官僚:2008/11/29 12:04
第二次世界大戦と日独伊三国同盟―海軍とコミンテルンの視点から
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4764603209.html

我が国における日独関係史の研究は、日独防共協定や日独伊三国同盟の締結などに関して
の優れた研究は多いが、外交史などに限られ日独両国の戦争指導や同盟作戦の問題点など
に関する研究は殆ど無い。この空白を埋めるのが本書である。また、日独間だけでなく、日独
両国の動きに対する米英ソ中などの動向-日米関係から日中、日ソ、日英関係など多国間関
係を複眼的に分析した。さらに、第二次世界大戦への道程と、敗戦後の日本の現状をコミンテル
ンの視点で分析。コミンテルンを加味した歴史が新しい視点を提供するであろう。
 また、戦前の日本の対外政策は陸軍主導ではあったが、常に陸・海・外の三省が調整して国策
を決めていた。時には松岡洋右や白鳥敏夫などに代表される革新官僚が大きな影響を与えた。
これら革新官僚による戦後の外務省史観形成に対する責任の追求は隠蔽・改竄されている。
タブー視されてきた外務省の戦争責任や東京裁判史観への責任をも明らかにした。

■革新官僚、松岡洋右
 ナチス・ドイツに心酔、昭和16年3月にはモスクワでスターリンと会見し、

  「日本人は道徳的には共産主義者であり、それを破壊したアングロサクソンの資本主義と戦っている。
  アングロサクソンこそ日独伊、それにソ連の共通の敵である

などと革新外交官らしい松岡節を開陳し、その夜モスクワを発ち二十六日にベルリンに着いた。」
9 名前:中国共産党:2008/11/29 14:17
日中戦争再論
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4764603225.html

作戦戦闘・外交・経済・国際法・インテリジェンス・メディアなど多彩な視点から迫る日中戦争の総合研究書
日本史上最長・最大の戦争である日中戦争を最新の研究成果に基づき国内外の研究者、実務家らが、多
様な視点から再検討する。最新の日中英語研究文献目録も収録。

第四篇 インテリジェンス・プロパガンダ・メディア

■太平洋戦争下におけるアメリカと中国共産党のインテリジェンス関係
アメリカの情報機関
 アメリカ初の対外情報機関「戦略事務局」(OSS:Office of Strategic Service)
 「中米合作所」(SACO):対日情報活動
 「戦時情報局」(OWI):ホワイトプロパガンダ担当
 「経済戦委員会」(BEW):経済情報を収集分析

 中国共産党が2つの勢力に分裂
  1.党指導部: コミンテルン解散後も親ソ的
  2.兵士・ゲリラ: 民族主義的傾向を強めていた
 中国・ビルマ・インド(CBI)戦域司令官の政治顧問、ジョン・デイヴィス(John Paton Davies)は、2.が中共の
大きな流れであると認識し、これを支援すれば対日戦に利用出来、且つ、ソ連への接近を阻止出来ると考えた
ようである。その為、共産主義イデオロギーについては不問に付したようだ。一方、蒋介石率いる国民党軍は派
閥争いなどがあり、「真剣に対日戦を遂行していない」と受け止められ、中国共産党支援にアメリカが傾いたとの
説もある。また、そのような噂を中共が流布したとの説もあるようである。この中共接近が国民党も支援していた
アメリカ内部の混乱を起こすことにもなったらしい。
10 名前:毛沢東:2008/11/29 14:17
日中戦争再論
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4764603225.html

第四篇 インテリジェンス・プロパガンダ・メディア
■太平洋戦争下におけるアメリカと中国共産党のインテリジェンス関係

 中国共産党のプロパガンダを担ったアメリカ人としてジャーナリストのエドガー・スノウが有名で
あるが、彼が1936に赤区を取材、中共の政治信条を「農業平等主義」としたことが、1940年代
のアメリカで中共のイデオロギー性を過小評価、生活向上の為の単なる「農業改革集団」とする
見方が広まった淵源だという。
 同じくコミンテルンのエージェントとして中共を擁護したアグネス・スメドレーについても書かれて
おり、張学良との連帯を模索して、1936年の西安事件におけるラジオ放送などで利用したという。

 毛沢東は中国共産党の正体を隠蔽し、アメリカを最も影響力のある国として認識し、『新民主主義
論』を発表し、外国人記者を取り込み、アメリカに接近し、以て蒋介石の国民党とアメリカを離間させ
る事も企図したという。そして「中共はアメリカを取り込むために、ソ連との連帯の弱さ、国府とは全く
異なる腐敗のない民主主義体制の実施というイメージを意図的に作り上げていった」という。勿論実
態は、『マオ 誰も知らなかった毛沢東』にあるとおり、毛沢東はスターリンの支援を受け、ソ連に隷属
しており、その政治は腐敗し、粛清と虐殺の非人道的なものだった。これについて本論文では「中共
は単なる秘密情報の収集などではなく、外国人の取り込み及びプロパガンダを通じて外国政府の中
国政策そのものに影響を与えていくという、非常に高度な情報活動を展開して射たということが出来る」
としており、これは現在も中国がおこなっている諜報活動の姿でもある。

 最後の部分では、アメリカの情報機関がソ連の浸透を受けており、対中情報も歪められ、更には
アメリカの情報機関自身が組織拡大の為に中共と連帯していた、などというお粗末な実態を指摘してい
る。そしてそれは、現在の日本の政界、官僚、財界、マスコミ全部が中共に乗っ取られ、操縦されている
という無残な実態にも気づかせてくれる。これは『蠢く!中国「対日特務工作」マル秘ファイル』で幾つか
の実例が挙げられている通りである。
11 名前:中共 国際宣伝処:2008/11/29 22:32
日中戦争再論
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4764603225.html

第四篇 インテリジェンス・プロパガンダ・メディア

■中国国民党中央宣伝部国際宣伝処の対米宣伝工作-エージェントの活動を中心に-

胡適:国際的知名度を活かし、日中戦争初期に国民使節として中国支援を求めるホワイト・プロパガンダを実施。
 国際宣伝処:対米宣伝工作、ブラック・プロパガンダを実施。
  「日本の侵略に加担しないアメリカ委員会」はその工作の一環だったという。
  (American Committee for Non-Paticipation in Japanese Aggression)
  ティンパリー(Harold J. Timperley):『マンチェスター・ガーディアン』紙の中国特派員
   →国際宣伝処の外国人エージェントの中心(北村稔氏の研究による)
    オーストラリア人だそうであるが、昨今の豪州の反日ぶりと似ているのが不気味である。

 中国の反日プロパガンダが如何にアメリカで成功を収めたか、が最後の部分に記されており、
ギャラップの米国世論調査では
     1937年8月では日中戦争に関して、中国支持43%、日本支持2%、中立が55%だったという。
     1938年10月には中国支持が59%、日本支持が1%、中立は40%だったという。
 また、日本軍の真珠湾攻撃のニュースで重慶は歓喜に湧いたという。「米国をして日本を制する」という
砕氷船理論が実現される事を切望していたからだそうである。無論、日米開戦の経緯はこれだけが原因
ではないが、アメリカをして「対日戦争に如かず」と信じ込ませた事がハル・ノートにも繋がっただろうし、
ルーズヴェルト大統領の日本観にも重大な影響を与えたことだろう。

 またそれが、広島・長崎に原爆が投下された遠因であるかも知れない。
12 名前:ルーズヴェルト大統領:2008/11/30 01:37
日本の悲劇と理想 平泉 澄【著】
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4764602407.html

大東亜戦争に至る眞實を識る歴史書
史實が眞實の扉を開く

(序より)烈しい非難と深い疑問とに充つるもの、大東亜戦争の如く甚だしきは、他に類例がありますまい。
国民の全てが、最大至重の関係有るに拘わらず、三十年の長きを経て、今猶真実の解明せられず、疑問
は疑問のままに、非難は非難のままに、放置せられてあります事は、真に遺憾としなければなりませぬ。
(中略)真珠湾の攻撃に先立つ事数年、米国政府の一角に、武力によって日本を打倒しようとする陰謀が
あって、着々として準備を整え、やがて日本を挑発して開戦に導いた事は、米国最高の歴史家ビーアド
博士によって研究発表せられ、之を裏付ける確実なる史料は次第にその数を加えて参りました。

※ビーアド → チャールズ・オースティン・ビアード(C.A.ビアード)
※チャールズ・ビアード著 ルーズヴェルト大統領と一九四一年の開戦
Charles A. Beard : President Roosevelt and the Coming of the War 1941 : a study Appearances
and Realities, 1948. 史艸(=史草;Journal of historical studies)Vol.4(19631025) pp. 62-66 日本女子大学ISSN:02883066
http://ci.nii.ac.jp/naid/110006537370/

(中略)
当時日本の為政当局は、米国政府の一角に於いてめぐらされつつあった此の危険なる陰謀に就いて、全く盲目
であったか、どうか。もし之を怪しいと睨んだとするならば、之を看破し、之を探知し得たのは一体誰人であったか。
又もし之を探知し得たとするならば、此の恐るべき陰謀、迫り来る国難に対して、如何なる方策を以て国を護ろうと
したのであるか。果たして当時、具眼の傑士があり、雄大なる防衛策が立てられたのであるか。更に云えば、大正
昭和の日本に、一体国策とか、世界政策とか、いうべきものが、あったのか、無かったのか。是等の問題は、いうま
でも無く、日本人の手によって解明せられなければならぬ所、更にせばめて云えば、我が国の歴史家が、義務とし
て負うべき責任でありませう。
13 名前:大東亜戦争開戦:2008/11/30 01:48
日本の悲劇と理想 平泉 澄【著】
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4764602407.html

 序

 大東亜戦争への関与や近衛内閣、東条内閣の内幕については余り詳しく触れず、我が国の歴史や
伝統を専ら皇国史観に基づいて解釈、披露してきた著者であるが、本書に於いては年齢や時節を考慮
し、書き記すべき時が来たと考え、大東亜戦争開戦に至る経緯を自らの視点・情報を加えて記している。
専ら国文学、国史学の人であるが、本書に於いて我が国のインテリジェンスに迫る部分もあり、他の書と
一線を画す内容となっている。特に、以下の3つの問いを発しているのが重要である。

 一、当時日本の為政当局は、米国政府の一角に於いてめぐらされつつあった此の危険なる陰謀に就い
て、全く盲目であったか、どうか。もし之を怪しいと睨んだとするならば、之を看破し、之を探知し得たのは
誰人であったか。
 二、又もし之を探知し得たとするならば、此の恐るべき陰謀、迫り来る国難に対して、如何なる方策を以て
国を護ろうとしたのであるか。果たして当時、具眼の傑士があり、雄大なる防衛策が立てられたのであるか。
 三、大正昭和の日本に、一体国策とか、世界政策とか、いうべきものが、あったのか、無かったのか

 以上の問いはまさしく”インテリジェンス”に対する問いと言って良いのでは無いだろうか。
一、は情報収集・分析に相当し、二、はカウンター・インテリジェンスが相当し、三、は一に基づく戦略立案に
相当する。更に云えば、その三について再び一、二、が実行されて初めてインテリジェンス・サイクルが回転
する。残念ながら、戦前の日本では(アメリカも同様であったが)インテリジェンス活動は特務機関や一時的
な一部の活動に留まり、戦略に基づいて計画的に組織的に実施されていたものは少なかった。軍事情報に
ついては小谷賢氏の『日本軍のインテリジェンス』や堀栄三氏の『大本営参謀の情報戦記』にあるように、
小規模で未熟ではあったが、それなりの成果は挙げていたものの、大本営作戦課が情報を無視し、無謀な
作戦計画を行い自滅していった経過が示されている。
14 名前:ラニカイ号:2008/11/30 05:03
日本の悲劇と理想 平泉 澄【著】
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4764602407.html

■序章
 日米開戦の責任を考察しているが、これは『先哲を仰ぐ』の”大東亜戦争”の章に同じで、

  A.C.ビーアド博士の論文(1948)
  タンシル教授の著述
  筆者が所有していた”空母エンタープライズ所属のパットナム少佐の日記”
    (これは捕虜になって押収されたもの)
  米国海軍学会紀要1962年9月号(pp.70-83)
   における海軍少将ケンプ・トーリー(Kemp Tolley)氏の『ラニカイ号の異様なる任務』
   (The Strange Assignment of USS LANIKAI)

を元に、米国が日本に先制攻撃させることで大義名分を得ようとして画策していた事が証明される。

(簡単に日米開戦の経緯を時系列で示す)
昭和16年12月1日
  この日が日米双方が開戦の日と想定していた。(日本の外交通信は1941年において4通を
 残して全て米国に傍受・解読されていた。マジック作戦と呼ばれた。)
昭和16年12月2日
  日本軍が攻撃してくるはずだった1日が過ぎ、対日戦争の口実を失ったと焦ったルーズヴェルト
 大統領等が、偽装戦闘艦ラニカイ号をインドシナ沖へ派遣することを命令する。
  日本海軍に攻撃させ、対日戦争の口実を得る為である。
昭和16年12月8日
  真珠湾攻撃(これによりラニカイ号の作戦は中止となる)

(補足1)日本軍の攻撃が12月1日から8日へ変更されたのは、陸軍が準備不足にて15日を主張し、
1日と15日を折衷した結果である。結果、アメリカを焦らせ、彼らの謀略の証拠が残る事となった。
(補足2)ラニカイ号による対日戦争の口実獲得未遂は、後年のベトナム戦争開戦の口実として利用さ
れたトンキン湾事件そのものである。
15 名前:砕氷船理論:2008/11/30 05:03
砕氷船理論
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

砕氷船理論(さいひょうせんりろん)とは、レーニンが唱えた戦略である。後にスターリンの手によって実行された。

■概要
 1935年(太平洋戦争開戦の6年前)、モスクワで開かれた第七回コミンテルン大会でスターリンが再確認した。
「ドイツと日本を暴走させよ!しかし、その矛先を祖国ロシアに向けさせてはならぬ。ドイツの矛先はフランスと英国へ、
日本の矛先は蒋介石の中国へ向けさせよ。そして戦力の消耗したドイツと日本の前に、最終的に米国を参戦させて
立ちはだからせよ。日、独の敗北は必至である。そこで、ドイツと日本が荒らしまわって荒廃した地域、つまり、
日独砕氷船が割って歩いた後と、疲弊した日・独両国をそっくり共産主義陣営にいただくのだ」

 つまり、日本とドイツを他の国と負ける戦争をさせ、その後ソ連が両国を属国にするよう仕向けさせた。
これはその後忠実に実行され、最後の一行以外は全て現実のものとなった。

■経過
 1929年、世界恐慌によって資本主義の限界と共産主義の台頭を見た当時の人たちは、しだいに国家社会主義や
ファシズム・ナチズムといった思想に魅せられていく。そういった下地の元で砕氷船理論は実行されていった。
日本で実行役となったのが、当時コミンテルンのエージェントであった尾崎秀実であった。尾崎は同僚や関係者はおろ
か妻子にも話さず、秘密裏に行動を進めていった。具体的には国内の動きを逐一スターリンに報告し、ソ連と動きをあ
わせるためにひそかに活動を行っていた。


尾崎秀実らの仕掛けた「敗戦革命」は、この「砕氷船理論」の実践である。
三田村武夫『大東亜戦争とスターリンの謀略』
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4915237028.html
16 名前:共産主義黒書:2008/11/30 05:54
共産主義黒書―犯罪・テロル・抑圧 コミンテルン・アジア篇    クルトワ,ステファヌ
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4874300278.html

         ロシア革命の世界革命化を狙ったコミンテルンと、
           人類史上未曾有の犠牲者を生み出した
                アジア共産主義の現実

ナチズムの犠牲者約2500万人に対し、共産主義により殺された人数は、

  ソ連2000万、   ★中国6500万、  ベトナム100万、   北朝鮮200万、

  カンボシア200万、東欧100万、    ラテン・アメリカ15万、アフリカ170万、

  アフガニスタン150万   を数え、合計は1億人に近い。


               民族・人種によるジェノサイドと
         イデオロギーによるジェノサイドはどこが違うのか。

        なぜ、共産主義は今日まで弾劾されずにいるのか?
17 名前:共産主義黒書:2008/11/30 05:54
共産主義黒書―犯罪・テロル・抑圧 コミンテルン・アジア篇    クルトワ,ステファヌ
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4874300278.html

中国の章では、      魯迅が「中国人は食人種である」と書いている

と紹介し、共産主義のテロルの中で処刑では犠牲者を少しずつ切り刻み、生きながらに
その肉片を食らう醜悪な中国の文化も紹介されている。 (※凌遅刑)

ソビエトのスターリン主義者が見た毛沢東主義者の手法、として悪名高い”自己批判”、
”総括”、”粛清”の様式が紹介されている。
(※連合赤軍の山岳ベースリンチ殺人事件はこれの模倣だったと言える)

また、毛沢東の”大躍進”における誤った農業指導(過度に濃密に植える、土地に合わない
作物を栽培させる、害虫を駆除する雀を駆除する)によって恐るべき史上最大の飢饉が発
生したことも紹介されている。1959-1961年の間の餓死は2,000万人~4,300万人
であろうと推測されているという。そして

    凄惨な人肉食が農村で行われていたという言い伝えが紹介されている。
18 名前:共産主義黒書:2008/11/30 05:55
共産主義黒書―犯罪・テロル・抑圧 コミンテルン・アジア篇    クルトワ,ステファヌ
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4874300278.html

        文化大革命の段では、青少年を毛沢東主義に洗脳し、
          ”紅衛兵”という赤いロボットにしていった歴史

も描かれている。そして彼らが恐るべき非人間性を発揮し、”反革命分子”とみなした人間
に対して残虐で下劣な暴力を振るったことが記されている。1966年前後にこのような事態
が中国では起きていたのだが、当時の日本の大学生の中にはこのようなものに憧れ、極
左テロ活動に身を投じていったというのは良く分からない事である。やはり、美化されて伝
えられた結果、実態を知らずに騙されていたのであろう。その紅衛兵も分裂し、内戦状態と
なり、果ては軍隊が投入されて紅衛兵が処刑されていったのである。なんとも救いのない
話である。

     チベットでは数十万人(人口の約10%)が中国によって拘禁され、
          その2%しか生存していないという恐るべき実態

や、ダライラマなどへの宗教弾圧、追放・・などなど、中国の非人道性、残虐さがここでも証
明されている。

  恥知らずな中国共産党は今なおおぞましい人種差別と民族浄化を継続しているという。
19 名前:VENONA:2008/11/30 06:59
ベノナ (VENONA)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ベノナないしベノナ計画(英:Venona project。但し一部機関では、VENONAと大文字表記する)とは、
1946年から1980年までの長期にわたって、アメリカ合衆国とイギリスの情報機関が協力して極秘裏
に行ったプロジェクトである。主要任務は当時のソ連が第二次世界大戦後半に発信した暗号文を解
読することで、この作戦で対象となったソ連の暗号は13あることが知られており、「ベノナ」はその中
では最後のものである。なお、「ベノナ」の意味は現在も不明。「BRIDE作戦」とも呼ばれる。

極めて高度の機密とされていたが、1990年代の後半以降アメリカで関係情報が公開され、その実態
がようやく知られるようになってきた。

Venona : Decoding Soviet Espionage in America
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htmy/0300084625.html

Venona : The Greatest Secret of the Cold War
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htmy/0006530710.html

This book is based on the only complete set of decrypts held in Britain outside Whitehall and is
supplemented by interviews with most of the principal players in the VENONA drama
(NSA, GCHQ, FBI and MI5 officers).
20 名前:VENONA:2008/11/30 07:00
VENONA (ベノナ)

Venona : The Greatest Secret of the Cold War
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htmy/0006530710.html

『第二次世界大戦と日独伊三国同盟』(錦正社)では本書を元に、コミンテルンの米国浸透に
ついての言及があり、ルーズヴェルト大統領自身が容共的であった所へ、大統領周囲には
約200人もの共産主義者やそのシンパが採用されていたという。

 側近No.2のハリー・L・ホプキンズ → GPUの全米責任者、イサク・アフメーロフに情報提供
   モスクワでは「役に立つ間抜け」と言われていたという。
 国務省のアルジャー・ヒス → ヤルタ協定原案作成、ソ連暗号名「アリス」
   ルーズヴェルト大統領、トルーマン大統領の情報をソ連へ提供。ヤルタ会談時にソ連から叙勲
 財務省のハリー・ホワイト
 大統領補佐官のロークリン・カリー

など。
 日米開戦は、トロツキーのクルミ割り器理論通りに遂行されたものでは無かったか、と指摘している。
それは日独を米英に噛み付かせる”砕氷船理論”でもあり、終局的な目標はソ連共産主義による世界
覇権であったと考えられる。
 ルーズヴェルト大統領が大戦末期に死去したため、その周囲の”ピンコ(共産主義のシンパ)”らが職
を失い、占領軍司令部(GHQ)の民政局員として多数来日し、民主化という美名の下に社会主義国家
日本を作ろうと暗躍した事も指摘している。そして日本の精神的解体を画策していったとしている。
21 名前:近衛上奏文:2008/11/30 07:02
近衛上奏文
http://www.ne.jp/asahi/masa/private/history/ww2/text/konoejousou.html
早期和平ニ付近衞公爵上奏文(いわゆる近衛上奏文) 昭和20(1945)年2月14日上奏

(Wikipediaより引用)
近衛上奏文(このえじょうそうぶん)とは、太平洋戦争末期の1945年(昭和20年)2月14日に、
近衛文麿が昭和天皇に対して出した上奏文である。

■概要
近衛は昭和天皇に対して、「敗戦は遺憾ながら最早必至なりと存候」で始まる「近衛上奏文」
を奏上し、英米の世論は天皇制廃止にまでは至っていないとの情勢判断の下、いわゆる
「国体護持」には敗戦それ自体よりも敗戦の混乱に伴う共産革命を恐れるべきであるとの
問題意識を示した。

(要旨)
・「大東亜戦争」(太平洋戦争)は日本の革新を目的とする軍の一味の計画によるものであること
・一味の目的は共産革命とは断言できないが、共産革命を目的とした官僚や民間有志がこれを
 支援していること
・「一億玉砕」はレーニンの「敗戦革命論」のための詞であること
・米英撃滅の論が出てきている反面、一部の陸軍将校にはソ連軍や中国共産党と手を組むことを
 考えるものもでてきていること

近衛は陸軍内に共産主義者が存在し、敗戦を利用して共産革命を行おうとしている旨を述べた。
また、戦争終結のためにはこの一味が障害となること、一味さえ取り除けば軍部を利用していた
共産主義者を抑えることができることを述べている。
22 名前:ハーバート・ノーマンと近衛公:2008/11/30 07:14
近衛上奏文
http://www.ne.jp/asahi/masa/private/history/ww2/text/konoejousou.html
早期和平ニ付近衞公爵上奏文(いわゆる近衛上奏文) 昭和20(1945)年2月14日上奏

近衛文麿は上奏文にてコミンテルンの策謀を指摘していたため、ソ連のスパイであった
GHQ情報部調査課長、ハーバート・ノーマン(『外交官E.H.ノーマン』)により作成された「戦争責任
に関する覚書 近衛文麿」によって自殺に追い込まれているという。彼はコミンテルンと関係が深い
太平洋問題調査会(IPR)のカナダ代表でもあったという。
23 名前:コミンテルンと昭和史の真相:2008/11/30 07:15
歴史の書き換えが始まった!―コミンテルンと昭和史の真相
明成社 (2007/10/21 出版)
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4944219628.html

第一章 大東亜戦争とコミンテルン
 一 インテリジェンス・リテラシーとは何か
  『諸君!』連載・中西輝政論文の意義/三田村武夫『戦争と共産主義』の功績
  /インテリジェンス・リテラシーの欠如
 二 張作霖爆殺事件はコミンテルンの謀略だったのか
  ほとんどが伝聞だった/コミンテルン謀略説を追う
 三 世界は如何なる原理で動いているか
  第一次世界大戦から重用されだした偽写真、偽文書宣伝工作
  /田中上奏文はソ連が作った偽書だった/何故日本人には歴史の真相が届かないのか
第二章 戦後史とコミンテルン
 四 戦後日本はコミュニストが作った
  日本近現代におけるコミンテルン介入し/「コミンテルン憲法」/チナミンテルンと日中国交正常化
 五 ハーバート・ノーマンの正体
  シロタ親娘の暗躍/都留重人とノーマン/ノーマンらの著作はコミンテルンの宣伝活動だった
  /ノーマン工作員説を受け容れない日本言論界の保身
 六 「目に見えない力」が今、明らかになりつつある
  マッカーシーは正しかった/近衛上奏文とノモンハンの真実
 七 ”初期マルクス”は生きている
  レーニン主義の三つの眼目/人間の心の支えを破壊するマルクス主義
  /福澤諭吉が説いた「怨望」という悪癖
  /日本を破壊する三つの情念~「悪平等主義」「伝統日本への憎悪」「アジア主義」

資料 近衛上奏文
24 名前:コミンテルンと昭和史の真相:2008/11/30 08:02
歴史の書き換えが始まった!―コミンテルンと昭和史の真相
明成社 (2007/10/21 出版)
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4944219628.html

中西氏はこう語っている。「かつて先輩の方々から『日本があの戦争に巻き込まれたのは、
コミンテルンに引っ掻き回されたからだ』とよく聞かされていたが、その直感は正しかった。
世界史の画像は転換されなければならない。」

世界は謀略に充ち満ちている。日本人の善意など到底通用しない冷厳な世界史の原理が
そこにはある。その世界の現実を直視し、いかにして国家の生存を図るか。それは幕末明治
以来、日本の先人たちが直面し続けた課題でもある。その対応を困難なものにしたのが、ほ
からなぬコミンテルンの国際謀略だったことを明らかにしたのが本書である。しかも、それは
冷戦が崩壊した今でも現在進行形であり、”初期マルクス主義”の恐るべき人間不信の原理
がGHQの占領政策とその固定化としての「戦後レジーム」に入り込み、日本の歴史、文化、
伝統を破壊し続けているのである。
25 名前:コミンテルンと昭和史の真相:2008/11/30 08:03
歴史の書き換えが始まった!―コミンテルンと昭和史の真相
明成社 (2007/10/21 出版)
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4944219628.html

大東亜戦争とスターリンの謀略―戦争と共産主義 三田村 武夫【著】
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4915237028.html

実は三田村さんは昭和21年の春には要旨になる部分-ほとんど主要部分ですけれども、それを
私家版で印刷されて、関係先に配布されたんですね。読売新聞の当時の社長だった馬場恒吾の
ところにも持参したらしい。「それを三田村氏が持ってきて、一同びっくり仰天した」ということが、
馬場氏の側近だった柴田秀利氏(※読売新聞社主、正力松太郎の右腕でもある)の回顧録、
(『戦後マスコミ回遊録』 中公文庫)
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4120014401.html
に出ています。馬場氏はこれは重大な証言だということで、GHQの情報部長ウィロビー将軍にこれを
示した。ウィロビーは本当にびっくりして、それがきっかけでゾルゲ事件について関心を示して「ゾルゲ
捜査」を始めたらしいんですね。ですから恐らく昭和25年の出版の以前に、限られた範囲ではあるが
日本側にも、それからGHQの参謀部側にも周知されていたということですね。つまり、この本が無けれ
ば、ウィロビーによるGHQ内部の共産主義者ネットワークの調査も、それからルーズヴェルト政権や
戦前の日本政府に入っていた共産主義者を追及するという、1950年代のマッカーシーの動きも無かっ
たかもしれない。発端はこの本にあったということなんですね。

巨怪伝―正力松太郎と影武者たちの一世紀 佐野 真一【著】
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/416349460X.html
(正力松太郎の片腕だった柴田秀利氏が、GHQ情報部長ウィロビー将軍にコミンテルンの策謀である
日本の敗戦革命を曝露し、これに驚いたウィロビーがGHQ内のレッドパージを行い、GHQの占領統治政策
がルーズヴェルト大統領の元側近達によって進められていた日本赤化を阻止し、右急旋回していった経過
が示されている。一端公職追放となった戦前・戦中の軍人、政治家、財界人が復帰していく切っ掛けとなった
のは実にこの件に依るのである。)
26 名前:コミンテルンと昭和史の真相:2008/11/30 08:51
歴史の書き換えが始まった!―コミンテルンと昭和史の真相
明成社 (2007/10/21 出版)
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4944219628.html

   「田中上奏文」はソ連が作った偽書だった

偽写真だけじゃなく、偽文書も多く作られました。その最大のものの一つが田中上奏文
(田中メモランダム)です。田中義一首相が昭和二年(1927)、昭和天皇に日本の国策
として大陸侵略を通じ世界征服を目指すべき事を明治天皇以来の日本の大方針だとして
上奏したという内容で、「支那を征服せんと欲せば、先ず満蒙を征せざるべからず。世界を
征服せんと欲せば、必ず先ず支那を征服せざるべからず」という調子のとんでもない代物
ですが、流石に日本国内では早くから偽書だということは定説化していました。しかし海外
は違いました。1920年代末から40年代にかけて欧米を含め世界中で広く流布され、アメ
リカのルーズヴェルト大統領のようにそれを真実として強く信じていた欧米人も多かったの
です。その影響は戦後も長く続き、「侵略国家」日本のイメージを作るのに大きな役割を果た
し、東京裁判も基本構図において、「上奏文」のイメージをそのまま踏襲しています。中国
では今も事実として教科書で取り上げているものも多い。
 ところが、戦後60年を迎えた平成17年(2005)春、モスクワのロシア・テレビラジオ局
(RTR)が、シリーズ番組『世界の諜報戦争』の中で、「『田中上奏文』は、日本の国際的信用
を失墜させ、日本を世界から孤立させる目的で、1928年にソ連の諜報機関OGPU(KGBの
前身)が、偽造し全世界に流布させたものである」と明らかにしたのです。
27 名前:コミンテルンと昭和史の真相:2008/11/30 08:52
歴史の書き換えが始まった!―コミンテルンと昭和史の真相
明成社 (2007/10/21 出版)
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4944219628.html

   「田中上奏文」はソ連が作った偽書だった

 日本としては、大いにこれを宣伝すべきですが、その様な雰囲気が盛り上がっているとは
言い難い。つまり、歴史の書き換えが今、必要になっている訳ですけれども、その障害とな
っているのが、日本人の歴史観(=東京裁判史観、GHQ史観)、或いは国際社会観、つまり
「世界はどういう原理で動いているか」ということに対する無知ですね。国際関係では各国は、
大きな戦争や革命ともなれば、諜報、謀略、工作というものを、実際の軍事手段と同じぐらい
重要視してやっているわけですね。この真実が日本人にはまだまだ浸透していない。世界は
一応そういうことが無い、という前提で歴史の史料を解釈したり、論じたりすると事の真実は
全く見えなくなってしまう。
28 名前:モーゲンスターン:2008/12/01 10:40
真珠湾 日米開戦の真相とルーズベルトの責任 G・モーゲンスターン著 渡邉明訳
http://www5a.biglobe.ne.jp/~kinsei/0312.htm

真の開戦責任が日本ではなく、ルーズベルトにあった!
真珠湾の悲劇を正しく理解する貴重な記録を、本邦初訳!
●「真珠湾は責任の研究である。」 
 それは、いかに政府の僅かな指導者たちが、国家の政策をまるで私的なたくわえのように処理して
 いたかを詳細に映し出している。彼らの意志決定は戦争が終わってしまってから、アメリカ国民に
 発表された。それでも当局の秘密のカーテンの背後でなされた多くのことの片鱗がうかがえるに過
 ぎない。
●「アメリカはズルズルと、戦争にはまっていったのではない。」系統だった図式の進路に沿っていた。
 調査委員会報告の中で最も注意を引く所説はこれである。
●「アメリカの指導者たちは、戦争が近づいたときの、日本政府中枢の真意と秘密構想を、一連の傍
 受電報の暗号解読によってあたかも御前会議に列席しているかの如く知っていた。」
●本書はアメリカがどのように第二次世界大戦に入っていったかの実録的物語である。真珠湾の大惨
 害に至った秘密外交と軍事の陰謀の記録がここにある。
●また、99年5月ニューヨークタイムズ紙が「真珠湾の司令官が汚名を返上」と報じた。真珠湾の備え
 を怠ったとして退役させられたキンメル提督らの名誉回復を米上院が決議したという。
 本書の正当性をアメリカ自らが証している。
29 名前:モーゲンスターン:2008/12/02 11:49
真珠湾 日米開戦の真相とルーズベルトの責任 G・モーゲンスターン著 渡邉明訳
http://www5a.biglobe.ne.jp/~kinsei/0312.htm

■米国人ジャーナリストが解明した日米開戦の真相とルーズベルトの戦争責任

二十世紀最後の年を迎え、日本人としてこの一世紀を回顧するとき、最も鮮烈な記憶は、日露戦争
勝利の栄光と大東亜戦争敗北の悲劇であろう。 
 特に、大東亜戦争の敗北は深刻であった。二百万を超す戦没者と連合軍総司令部(GHQ)による
占領政策のダメージは、現下の混迷の最大の要因であると思う。今日の人材不足や偏向した歴史
認識を是正しきれない原因、東京裁判史観を克服できない要因が、ここに秘められている。
 「真珠湾の奇襲攻撃」に始まる日本軍の戦争は、正義に反する不道徳で非人道的な戦争であった
との誤解は、未だに根強いものがある。特に、マスコミ界や教師・青少年の多くに、この傾向が強い。
事実に全く反するこのようなプロパガンダを、克服しない限り我が国の将来はない。
30 名前:東京裁判却下:2008/12/03 12:09
真珠湾 日米開戦の真相とルーズベルトの責任 G・モーゲンスターン著 渡邉明訳
http://www5a.biglobe.ne.jp/~kinsei/0312.htm
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4764603128.html

■米国人ジャーナリストが解明した日米開戦の真相とルーズベルトの戦争責任

 この意味で、最近における資料集『東京裁判却下・末提出弁護側資料』の刊行や『教科書が教えな
い歴史』による啓豪活動、さらに新しい歴史教科書をつくる会編纂の『国民の歴史』の発行等の努力に
は、深く感謝したい。そして、事実を事実として認識することが、自らの正義を確認することになり、名
誉と誇りを回復することになる日本人は幸せである。
 これに反して、正義と信じて行動していたことが、悪徳への協力であった場合は悲惨である。しかし、
今日の悪徳を放置することは、将来の更に大きな悪徳を招くとして、敢えてこのタブーに挑戦すること
は、悲しい結果が見えるだけに勇気がいることである。この点、アメリカは偉大である。アメリカには、
このようなタブーに挑戦する人物が存在している。第二次世界大戦時におけるアメリカ・ジャーナリスト
界の若きホープ、シカゴ・トリビューン紙の記者ジョージ・モーゲンスターンも、その一人である。
31 名前:モーゲンスターン:2008/12/05 11:04
真珠湾 日米開戦の真相とルーズベルトの責任 G・モーゲンスターン著 渡邉明訳
http://www5a.biglobe.ne.jp/~kinsei/0312.htm

■米国人ジャーナリストが解明した日米開戦の真相とルーズベルトの戦争責任

 昭和十六年十二月、ワシントン時間の七日午後の日本海軍による真珠湾奇襲攻撃のニュースは
アメリカの全国民にとって、全く寝耳に水の驚きであった。戦争反対の圧倒的世論の中で、アメリカ
が戦争に巻き込まれることは絶対にない、と明言した大統領ルーズベルトの約束を信じ切っていた
アメリカ国民は、真珠湾攻撃を平和交渉真っ最中の崩し討ちであるとの宣伝を信じ憤激した。そして、
日本人を僧み、挙国一致で対日戦に立ち上がった。「リメンバー・パールハーバー」は、アメリカ国民
の合言葉になり、ジャップを徹底的に懲らしめることに情熱と使命感を燃やした。
 当時三十五歳で、米国最大の発行部数を誇るシカゴ・トリビューン紙の論説委員として、国際間題
に健筆をふるっていたジョージ・モーゲンスターンも、海兵隊に従軍し海兵隊総司令部広報部ニュー
ス班長として、戦闘報道員の指導監督にあたった。
32 名前:ロバーツ委員会:2008/12/06 05:27
真珠湾 日米開戦の真相とルーズベルトの責任 G・モーゲンスターン著 渡邉明訳
http://www5a.biglobe.ne.jp/~kinsei/0312.htm

■米国人ジャーナリストが解明した日米開戦の真相とルーズベルトの戦争責任

 しかし、真珠湾の余りにも大きな損害は、米国内でもその責任をあいまいにすることを許さなかった。
ルーズベルト政権は、それを平和交渉で油断させて干し討ちをした日本軍のせいにしていたが、これだ
けでは不十分であると判ると、真珠湾防衛の責任者であった現地の最高指揮官二人を職務怠慢の理由
で処罰・解任した。当然のことながら、政府はこの処置の正当性を証明する必要があった。特に議会に
真相究明の気運が生まれると、ルーズベルトは機先を制して真珠湾事件直後の十二月十六日、大統領
待命の調査委員会(ロバーツ委員会)を発足させた。ロバーツ委員会は、資料や証拠の一方的な取り上
げによって、ルーズベルト政権の処置を正当であると発表したが、その余りに偏った調査方法は、かえっ
て疑惑を深めることになった。国際間題を専門とするジョージ・モーゲンスターンが、これに気付かない筈
はない。
33 名前:真珠湾調査委員会:2008/12/07 00:57
真珠湾 日米開戦の真相とルーズベルトの責任 G・モーゲンスターン著 渡邉明訳
http://www5a.biglobe.ne.jp/~kinsei/0312.htm

■米国人ジャーナリストが解明した日米開戦の真相とルーズベルトの戦争責任

 しかし一方で、ルーズベルトは、「真珠湾の騙し討ち」に憤激したアメリカ国民の総力を結集して、
第二次世界大戦を戦っている大統領として、当時のアメリカ国民の圧倒的な支持を得ていた。アメ
リカの正義の戦いであると信じ、進んで戦争に参加した人々にとっては、英雄ルーズベルトの名声
を傷つけることは、アメリカの威信ひいてはアメリ力国民を誹謗する者として許せないことであった。
 アメリカ国民の戦意と激烈な戦争は、この問題を棚上げにしたが、大統領選挙の一九四四年にな
り、戦争が米国の勝利に終わることが明確になると、改めて再審査の気運が起こった。まず最初に、
真珠湾敗北の責任者として処罰された二人の現地指揮官、海軍大将キンメルと陸軍中将ショートの
正式の軍法会議開催の要求が起こった。法廷で争うことは不利であると判断したホワイトハウスは、
陸・海軍長官に指導監督の権限がちる陸軍査問委員会と海軍査問会議における再審で決着を図っ
た。しかし、再審の判決は、現地指揮官の責任だけでなく、内閣や最高司令部の責任を指摘した。
ここに、改めて議会が調査に乗り出すことになると、ホワイトハウスへは、自ら調査を取り仕切るほう
が賢明であると判断し、与党の民主党主導の調査委員会を設置した。こうして上下両隣合同の真珠
湾調査委員会が設けられたのである。
34 名前:真珠湾調査委員会:2008/12/09 15:12
真珠湾 日米開戦の真相とルーズベルトの責任 G・モーゲンスターン著 渡邉明訳
http://www5a.biglobe.ne.jp/~kinsei/0312.htm

■米国人ジャーナリストが解明した日米開戦の真相とルーズベルトの戦争責任

 延べ七十日の聴聞会(三百三十一名の証言記録)と提出書類及び審問調書等の一千万語に及ぶ
調査記録は、開戦か屈服かの窮地に陥った日本政府に、開戦以外には選択の余地がないことを悟
らせるために米国政府がとった一連の行動、これと全く矛盾する日米友好を印象付ける米国民向け
の発言、平和を熱望していた日本が、ハル覚書によって戦争を決意したことを、暗号解読によって
ルーズベルトをはじめ、米国政府首脳が熟知していたこと等の実態を明らかにした。
 それでも、多数派の民主党委員の判決は、当初の予定通り責任は現地指揮官にあるというルーズ
ベルト擁護の結論であった。しかし、二人の共和党委員(ファーガソン、ブリュースター両上院議員)
はそれを認めず、ルーズベルト政権と陸海軍最高司合部首脳部の責任を厳しく追及した報告書を
提出した。
35 名前:真珠湾調査委員会:2008/12/09 15:13
真珠湾 日米開戦の真相とルーズベルトの責任 G・モーゲンスターン著 渡邉明訳
http://www5a.biglobe.ne.jp/~kinsei/0312.htm

■米国人ジャーナリストが解明した日米開戦の真相とルーズベルトの戦争責任

 この調査において最も重要なことは、調査委員会が収集した全資料が、合計四十巻に及ぶ『真珠
湾攻撃記録および報告』として、公表されたことである。
 その結果、常に真相を追及すべき立場のジャーナリストや史料の評価と分析によって、史実を解明
することを専門とする歴史学者の圏から見ると、多数派報告は、史料の評価方法を全く無視した、事
実と余りにも乖離した結論であることが明らかであった。
 まず、ジョージ・モーゲンスターンが、この膨大な資料を精力的に調査・分析する作業を始めた。
そして、終戦から僅かに二年目の一九四七年に、ルーズベルト政権の陰謀と戦争責任を明らかにした
『パールハーバー-秘密戦争の物語-』を刊行し、忽ちベストセラーになった。戦後間もない戦勝気分
にあふれていたアメリカにおいて、国民的英雄であったルーズベルトを、意図的に国民を欺いた大統領
として非難することは、アメリカ人が正義と信じて戦った戦争を根底から否定することであり、アメリカを
愛する人々にとっては、忍び難いことであった。
36 名前:張作霖爆殺とコミンテルン:2008/12/13 14:21
【張作霖爆殺の真実】1/3 田母神論文「コミンテルンの謀略」【桜 H20/12/13】
ゲスト:瀧澤一郎(国際問題研究家・元防衛大学校教授)
http://jp.youtube.com/watch?v=HTh1yMkmuK8&feature=channel_page
http://jp.youtube.com/watch?v=XsbC3BK9auU&feature=channel_page
http://jp.youtube.com/watch?v=233fsKFGurI&feature=channel_page
(3分50秒辺りから本題)

防人の道 今日の自衛隊 『田母神論文が問うた「コミンテルンの謀略」 』1~3
http://jp.youtube.com/watch?v=pdASo00PbpQ
http://jp.youtube.com/watch?v=g-I5p8_DmQk
http://jp.youtube.com/watch?v=CpdKkvXIBpk

大東亜維新史観 概説
http://www.nicovideo.jp/watch/sm5193993
http://jp.youtube.com/watch?v=EC2rwzYh890

【マスコミ】コミンテルンと大東亜戦争【田母神閣下支持】
http://society6.2ch.net/test/read.cgi/mass/1228229525/
37 名前:戦争と共産主義:2009/03/21 00:36
共産主義者の大東亜戦争責任
http://www.nicovideo.jp/watch/sm6396722


共産主義者の大東亜戦争責任(1/3)
http://www.youtube.com/watch?v=GqJSU4v4VHA

共産主義者の大東亜戦争責任(2/3)
http://www.youtube.com/watch?v=F8-suGPP4sA

共産主義者の大東亜戦争責任(3/3)
http://www.youtube.com/watch?v=uFMtTokCuXs
38 名前:てって:2009/08/21 07:40
マッカサーですら日本は防衛のための正義のすばらしい戦争だったと、
後の公聴会で証言してます。偉大な詩人様はそれを明らかにした。
今すぐにでも戦前の日本の体制に戻し、軍事大国、核武装大国にならないと
すぐにチョンに侵略されます。

http://ameblo.jp/piper-21

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